スタッフブログ・GTPセブ学生サポートメンバー・園原純一郎「自分のルーツと教育に向き合ったGTP in Cebu #13」


こんにちは!大学4年生の園原純一郎です。現在は、大学で物理学を学びながら、中学校・高校の数学・理科・情報の教員免許取得を目指しています。
趣味は海外旅行で、一人で知らない国や街を歩くことが好きです!観光地を見るだけではなく、その土地で人がどのように暮らし、何を大切にしているのかを感じることが好きです。
私はフィリピンのマニラで生まれ、日本で育ちました。そのため、フィリピンは私にとって単なる「海外」ではありません。幼い頃から、母の学校生活や当時の暮らしについて聞く機会がありました。そこには、日本で育った自分にとって驚くような話も多くありました。それぞれの家族の事情や学費のこと、家族全体を優先する価値観が個人の人生に影響すること。そうした話を聞くたびに、フィリピンの子どもたちと出会い、教育の現場を自分の目で見て確かめたいという思いが強くなっていきました。


1.GTPに参加したきっかけ
GTPに参加したきっかけは、Instagramで偶然、セブの公立小学校で教育実習を行うプログラムを見つけたことでした。フィリピンの教育現場を外から眺めるだけではなく、実際に学校に入り、子どもたちと関わり、授業まで行うことができる。そのことに強く惹かれました!
もちろん、不安もありました。初対面の大学生たちとの共同生活、慣れない環境での授業、英語でのコミュニケーションなど、参加前は心配なことも多くありました。それでも、「伝聞だけで理解した気になりたくない」「自分の目で見て確かめたい」という思いがあり、最後は完璧に準備できたから参加したというより、どうなってもいいから一度行ってみよう!という気持ちで飛行機に乗り込みました。
2.プログラムに参加してみて
特に印象に残っているのは、理科の授業です。私は自作の実験器具を作成し、波を発生させる実験を取り入れました。自分の手で試し、見て、考える時間をつくることで、理科を覚えるものではなく、「やってみるもの」として感じてほしかったからです。実験の中で、子どもたちが前のめりになって参加してくれたこと、美しい波が発生したときに自然に「Wow!」という声が上がったことは、今でも強く印象に残っています。
その瞬間、理科は好奇心や驚き、「やってみたい!」という気持ちから始まる教科なのだと改めて感じました。正しい答えにたどり着くことだけではなく、まず試してみること、失敗しても考え続けること、その姿勢自体が科学に向かう大切な入口なのだと思います。
また、授業後に子どもたちが自分から質問しに来てくれたり、知っていることを一生懸命説明してくれたりしたことも忘れられません。教える立場として行ったはずなのに、実際には、子どもたちの表情や言葉によって、私の中にあった「教える」という感覚の方が静かに変化していきました。


3.サポートメンバーとして関わろうと思った理由
私がサポメンを希望した理由は、GTPで得た経験を、自分だけの思い出で終わらせたくなかったからです。参加中、私は授業をつくる難しさ、現地で子どもたちと関わる楽しさ、共同生活の中で仲間と考え続ける大切さを感じました。同時に、もっと準備できたこと、もっと話し合えたこと、もっと参加者同士で支え合えたこともあったと感じました。
私は、こうしたプログラムや留学の価値は、現地にいる時間だけで完結するものではないと思っています。むしろ大切なのは、帰国して日常に戻ったあと、ふとした瞬間に現地で見た景色や聞いた言葉を思い出し、それを自分の中で少しずつ意味づけていくことだと思います。経験は、行った瞬間に完成するのではなく、あとから何度も振り返る中で、自分の一部になっていくものだと感じています。
だからこそ、これから参加する人たちが、現地での経験をただの思い出で終わらせず、自分の生活や将来につなげていけるように関わりたいと思いました。授業には、その人が何を大切にしているのか、子どもをどう見ているのか、どんな経験をしてきたのかが自然と表れると思います。サポメンとして参加者一人ひとりの考えや迷いに触れながら、自分自身も学び続けたいと思っています!


4.これからも忘れずに大切にしていきたいこと
サポメン活動を始めた今、これからも忘れずに大切にしたいことは、簡単に「教える側」になりきらないことです。
私は、GTPに参加して大きな学びや喜びを感じた一方で、葛藤もありました。まだ正式な教員免許を持っていない大学生が、日本とは異なる教育環境にある国の小学校に行き、授業を行う。この構図には、どこか危うさもあると感じました。善意や学びの意図があったとしても、気づかないうちに「日本から来た大学生が教えてあげる」という上からの見方に変わってしまう可能性があるからです。
私はもともと、「教育」という言葉に少し違和感があります。誰かが一方的に与え、誰かが一方的に受け取るような響きを感じることがあるからです。もちろん、教えることや学ぶこと自体を否定したいわけではありません。むしろ、現地で子どもたちと関わったからこそ、その喜びも強く感じました。ただ、その喜びが自分の満足だけで終わっていないか、相手を「教えられる側」として見ていないかは、これからも問い続けたいです。
サポメンとしても、参加者に正解を押しつけるのではなく、その人が何を感じ、何に迷い、何を大切にしたいのかを一緒に考えたいです。そして、現地の子どもたちや先生方、地域の人々への敬意を忘れずに、活動の意味を丁寧に見つめ続けたいと思います。


5.私にとってのGTPの価値
私にとってGTPの価値は、「自分の当たり前が揺さぶられること」にあります。
日本で教育を学んでいると、どうしても日本の学校を基準に考えてしまいます。しかし、セブの学校に行くと、教室環境、教材、子どもたちの反応、家庭背景、宗教文化、地域の雰囲気など、あらゆるものが自分の想像とは違っていました。一方で、子どもたちの好奇心、友達と関わる楽しさ、学ぶことへの反応など、日本と共通する部分もたくさんありました。
現地で街を歩いたとき、学校の外にも子どもたちの生活が広がっていることを強く感じました。学校の中だけを見ても、教育のすべては分かりません。家庭の状況、地域の雰囲気、宗教や文化、お金との関わり。そうしたものが、子どもたちの学び方や将来の選び方に静かにつながっているのだと思いました。
GTPの価値は、「フィリピンの教育はこうだ」と簡単に結論づけることではないと思います。むしろ、簡単に結論づけられない現実に出会えることに価値があると思います。日本の方が進んでいる、海外だから自由。そうした単純な見方では捉えきれない複雑さが、現地にはありました。
だからこそ、私にとってGTPは、何かを教えに行く経験というより、自分の見方を問い直す経験でした。子どもたちと一緒に実験をし、仲間と夜に話し合い、街を歩き、母から聞いてきたフィリピンの記憶と目の前の現実を重ねる中で、自分が何を知らなかったのかを知りました。その気づきこそが、GTPの一番大きな価値だと思います。


6.GTP in Cebuへの参加を迷っているあなたへ
もしGTPへの参加を迷っているなら、迷っているままでも参加してみてください!不安が完全になくなってから挑戦しようとすると、たぶん一生始まりません。私自身も、参加前から自信があったわけではありません。共同生活も、授業も、英語も、現地での生活も、全部が簡単だったわけではありません。
それでも、実際に行ってみたからこそ、自分の中にあった問いが具体的になりました。フィリピンの教育を見たいという思いは、現地で子どもたちと出会うことで、「人の生活をもっと知りたい」「学びが生まれる場所をもっと丁寧に見たい」という思いに変わりました。
GTPは、きれいな答えをくれるプログラムではなく、むしろ、すぐには答えられない問いを自分の中に残してくれるプログラムです。楽しかったことだけでなく、うまくいかなかったこと、戸惑ったこと、考え込んだことも含めて、あとから自分を支えてくれる経験になります。
現地で見た子どもたちの表情、授業中の「Wow!」という声、仲間と話した時間、街を歩いたときの空気。その一つひとつが、帰国後の自分の中で少しずつ意味を持ち始めます。私にとってGTPは、フィリピンで授業をした経験であると同時に、自分のルーツ、教師を目指す理由、そして人とどう向き合いたいのかを考え直す時間でした。
迷っているなら、その迷いごと持っていってみてください。むしろ、その迷いがあるからこそ、現地で見えるものがあるはずです!



