フィンランド参加者体験談 〜GTP11th―フィンランドでの学びと、そこから生まれた問い〜

なぜGTPに参加したのか

 大学4年生の夏、フィンランドGTP 11thに参加したあゆみです。大学では商学部でマーケティングを専攻しつつ、教職課程も履修していました。海外×教育に関心があり、これまでカンボジアやベトナムなど異なる地域に足を運んで、現地の子供や先生と交流し実際に行ってみることの価値を実感してきました。

 また、日本以外の教育について知ることで、社会と教育は結びつきが強いものであるとも思いました。そんな中で、「幸福度」「well-being」などのワードと聞くとイメージされるフィンランドの教育を知りに行きたくなりました。フィンランド教育について書かれている書籍を読んだりもしましたが、「百聞は一見にしかず」教室の雰囲気を見ることや先生へのインタビューなど、現場に行かないと得れない学びに期待し、GTPへの参加を決意しました。

自分の学びについて

◆ 事前研修

 現地に行くまでに、8回ほどオンラインでの研修がありました。個人的に、GTPの特徴はこの事前研修の学びの濃さだと思っています。

 具体的には、自分について知るワークや、何を学びに行きたいかを深める探究ワーク、チームで授業をつくる準備などが用意されており、そこで参加者との交流や運営への質問もできるので、安心して渡航することができました。フィンランド教育についての勉強だけでなく、自分や社会に目を向けた視点を育む時間も多いです。

また、フィンランド教育を理解するうえで欠かせない「コンピテンシー」についても、現地で教員をしていた地下ちゃんから学ぶことができます。他にもたくさんのワークがありますが、事前研修の充実度とコンピテンシーへの本気度はGTPの推しポイントです!また、実際に授業をするのもすごく貴重な機会でした。経験的にもスケジュール的にも「授業づくりは大変そう」と感じる方もいると思いますが、心配はいりませんでした。チームで作ること、そして事前にどのくらいコミットできるかを考慮してくれることで、個人のペースが大切にされているところも良い点でした。

◆ 現地研修

 オンライン研修で顔合わせはしていたものの、初対面の方々と一緒に過ごすことには少しドキドキもありました。私は全体のスケジュールより少し遅れての到着だったため、1人でヘルシンキ空港からの電車に乗ったのですが、切符の買い方をビデオ通話で教えてくれたり、駅まで迎えに来てくれたりしたのを覚えています。

 私が参加した11thは、社会人・教員7名+大学生3名+高校生7名という、年齢層の広い期でした。大学生の私からすると、教員の方々にたくさん話を聞いてもらえたことが前進するきっかけになったり、高校生たちの探究意欲が刺激になったりと、日常のコミュニティでは生まれにくい相乗効果がたくさん生まれていました。今思うと、日中の学校訪問はもちろん、それと同じかそれ以上に、夜のホテルに帰ってからの「語り部屋」の時間にお互いを深く知れたこと、教育についてもそれ以外についても深く話せたことが、GTPに参加して良かったことの1つだと思います。

 相乗効果は探究面にもありました。別の参加者がフィンランドの先生に質問しているのを聞いて便乗し、そこから話が広がっていく——同じ学校、同じ授業を見ていても、その人の価値観によって感じ方や得る学びが異なるため、それをシェアし合える人がいることはとても良い環境でした。

 私たちのチームは4人で、高校生に対して伝えたいメッセージから逆算して授業を作成しました。

 価値観に合う漢字を選んでもらい自分を見つめる時間をつくるといった授業をしましたが、「家」や「友」が多い傾向がありました。家族を大事にする考えや、友達と流れに合わせて「友」を選択する日本の高校生でもよくあるシチュエーションに遭遇したりして日本とフィンランドの共通する部分も見えました。

 授業とは別に、自分が当時持っていた問いは「フィンランドでは、若者はどんなタイミングでキャリアを考え、どんなプロセスを経て自分の道を選んでいくのか?」というものでした。事前研修で教わったコンピテンシーに「自己理解」という言葉が含まれていることを知り、自己理解を促す教育がなされているのではと考えたり、「幸せ=自分のやりたいことが自発的にできている状態」だとすれば、そもそも“やりたいこと”はどうやって見つけるのかわからない人が多いなと周りの友人達を見て感じたりしていました。幸福度が高いと言われるフィンランドの教育を知ることが、多くの人が幸せになるきっかけにつながるのではと思いました。

 YSAOという職業専門学校では、9年間の基礎教育の後に10年生という自分の興味関心を見つけるような期間を設けるコースがあることが新鮮でした。

 日本では、小学校中学校が義務教育であり、その後高校に行くのが多数かと思います。しかし、フィンランドでは40%が想像するような普通の高校、60%が専門学校に進学します。かつ、学費も無料ということでフィンランドが国家として教育に力を入れている制度が整っていると感じました。

◆ 事後研修

 オンライン・対面で「シェア会」という報告会があります。任意参加ではありますが、自分の学びを発表したり、現地を思い出しながら対話したりと、学びを深める時間です。ここでは自分の期以外の参加者と出会うこともでき、GTPでのつながりがさらに広がるきっかけになりました。

実践したこと・気づき

 最終日のワークでは、"自分の好きや思い、考えをシェアするのは相手の自己理解にもつながる。” ということに気づきました。逆もそうで、今回の旅を通して、同じものを見ていてもそれぞれ捉え方が違ったり、ライフミッションが似ていてもそれぞれ考えている手段が異なっていたり、自分の景色だけでは終わらずに多方面から考える機会、新しい気づきを得ることが出来ました。

 また、全体を通して「個人主義と集団主義」という捉え方をするようになりました。

 フィンランドの学校では、日本の学校で見られる体育祭や部活動、集団行動といったものが見られません。そのため、日本よりも「集団」というものに意識が向きにくい環境にあります。かといって、個人主義に偏りすぎているかといえばそうでもなく、地域のコミュニティカレッジのように、人が緩やかに集まり、学び合う場は確かに存在している。この二つは、一見矛盾しているようで、実はそうではないのかもしれません。フィンランドの「個人主義」とは、集団を否定することではなく、個人が個人のままで安心して集まれる仕組みを持つこと、なのだと感じました。

 一方で、「自己肯定感が低い」とよく言われる日本では、周りと比較しがちになる集団主義的な土壌が、その背景にあるのではないか、という気づきがありました。ただし、比較という行為自体はフィンランドにも存在します。

 ここから、「日本とフィンランドの「協働」のあり方はどう異なるのか。」という新たな問いが生まれました。日本で求められるリーダーシップ像のひとつに、他者を巻き込み、目的達成へと導く「共創リーダーシップ」があります。これは、集団の中で自分の役割を認識し、周囲との関係性の中でこそ発揮される力とも言えます。では、協働体験が日本よりも少なく思えるフィンランドで、この力はどのように育まれるのか。

 この違いを突き詰めていくと、単なる文化比較を超えて、「組織とは何のためにあるのか」という問いに行き着く気がします。

 フィンランドに行って改めて日本社会の特徴を理解したからこそ、日本で働く予定の自分は「人と人との関係性、組織にアプローチする仕事」に、強く関心を持つようになりました。

最後に

 11thに参加者として参加した後、14th・15th・16thのサポメンとして現地研修に行きました。運営側に回ってもなお、GTPというコミュニティの良さを実感しています。教育に熱い大人たちに囲まれ、学びたい人が学べる環境を整える。—GTPを自分の人生に取り入れることで、見えなかった世界に出会えるかもしれません。GTPでの学びが、生活・社会・コミュニティに還元されることを願っています。

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